【第3回】光州の記憶を辿る。映画の舞台と「本物の記録」
光州での2日目の朝が始まりました。
朝食付きホテル ご飯とかパンとかシリアル、サラダ、プルコギなどがありました。
今までも朝食付きホテルというところに泊まったことがありますがそれって私に合ってるのかなーって今回も深く考えてみた・・


朝食でお腹を膨らせて一食分浮かすという下衆な考えはあるけどいつもそんなに食べきれないし意外とすぐお腹は減るのです。

それにもともと朝ごはんとらないタイプだし‥
朝食時、日本語を勉強中だという光州の方とお会いしました。
33歳の女性、日本語を勉強して一年とか!
そしてその女性は日本人と会うのは初めてだというのです。
見た目東洋人だからどの人が日本人と分からないだけだとは思うけど‥
日本語を勉強するきっかけはやはりアニメと東野圭吾の本を読んだことだそうです。聡明そうな女性でした。
日本語勉強一年と韓国語勉強7年の私、ちょうど同じくらいのレベルでした。
午前10時:良洞市場(ヤンドンシジャン)
まずは「良洞市場」へ向かいました。ここは映画の中で、市民たちが連帯しておにぎりを配った場所。
その活気を感じたくて足を運びましたが、少し時間が早すぎたようで、まだ閉まっている店も多かったです。
それでも、朝の市場の空気を楽しみながら、自分へのお土産に帽子を一つ購入しました。
午前11時:錦南路(クムナムノ)から文化殿堂へ
地下鉄で移動し、錦南路へ。
国立アジア文化殿堂(ACC)周辺も何かあるかと思い、あちこち歩き回ってみましたが、ここは少し無駄に歩きすぎてしまったかもしれません。
疲れただけでした。
午後:5.18の記憶を歩く(歴史探訪ルート)
5.18民主化運動(光州事件)は、1980年5月18日から27日までの10日間、光州で起きた正義のための市民抗争です。
私が見た映画
タクシー運転手/約束は海を越えて
光州5・18
ソウルの春
ペパーミントキャンディ
訪問したところ
大韓民国を現在のような民主主義国家にした「5.18民主化運動」の記録遺産を体系的に収集して永久保存し、同運動の歴史的意味を世界と共有するため、1980年5 月の歴史的現場だった旧光州カトリックセンターに2015年に設立されました。光州市民の努力で2011年にユネスコ「世界の記憶」に登録された「5・18民主化運動」の記録を閲覧でき、定期解説やオンライン展示館などを利用した観覧も可能。5.18民主化運動記録館には大韓民国全国民の歴史が刻まれています。



1960年代以降、軍事政権に抵抗する「反独裁・反維新運動」の重要拠点でした。特に、1980年5月に起きた「5・18光州民主化運動(光州事件)」において極めて重要な役割を果たしました。
銃器組立訓練: 1980年5月26日、戒厳軍による武力鎮圧を阻止するために、市民軍がここで銃器の組み立て訓練を行いました。
抗争の拠点: 全羅南道庁と並び、民主化を求める人々が最後まで抗争を続けた場所の一つです。
運動の継続: 事件後も、民主化や事件の真相究明を求める集会やデモがここを拠点に続けられました。


当時、新聞社や放送局が入っていた10階建てのビルです。2020年にリニューアルされ、現在は戒厳軍のヘリコプターからの射撃による245発の弾痕が保存・展示されています。屋上からは5・18民主広場を一望できます。


私が乗ったのは気球のほう、
空から眺める疑似体験ができます。
映画のクライマックスの舞台であり、今も残る時計塔



私はハングル文字をそもそもすらすら読めない!
今回の旅行でふかーく思ったことです。
ニュース見ててもトランプとイラン、ホルムズという文字は読めるけどその続きを読もうとしたらもう画面が変わってる、ついていけてない!
この「5.18民主化運動記録館」でもらった日本語のパンフレット頼みでゆっくり私のペースで読んでたら一部屋読み終えるのにたぶん1週間くらいはかかるのでは?
あーそうだ、この「5.18民主化運動記録館」無料だからこの近所に住んで毎日通って7回まで全部読んだら読み終えるころにはハングル文字ペラペラになってるのでは?なんて己の勉強不足を棚に上げて「これはいい方法だなあ」なんてくだらないことを考えました。
夕方:再びの良洞市場と、市場グルメ
地下鉄で再び「良洞市場」に戻りました。
今度は店も開いていて、活気に溢れています。
朝ごはんホテルで食べたきりだったのでお腹はペコペコ
ホットックを見つけてすぐに食べてしまいました。
おやつなのに・・
そのあとビビンバ順番逆ですね~


チヂミ・・光州のチヂミは光州ユッチョンと言ってちょっと違います。
粉というよりほとんど卵ですね。
お餅は豆がいっぱいでおいしそうだったので気になっていた現地の味を次々に楽しみました。
晩御飯にしたんですけどね、昨日の残りのマッコリとともに・・

有名な「ヤンドンチキン」の本店は大行列だったのと量が多すぎで断念しましたが、十分に買いすぎ、お腹いっぱいです。
本日の歩数は、今回の旅で最多の1万5,000歩。 歴史の重みに触れ、現地の日常に混ざり、実によく歩いた一日でした。

